東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)70号 判決 1977年12月22日
原告
日興製薬株式会社
右代表者
芹沢完一
右訴訟代理人弁理士
宇野晴海
被告
財団法人日本美容医学研究会
右代表者
梅沢文雄
右訴訟代理人
金子汎利
右同弁理士
城山鉄雄
右輔佐人弁理士
井沢洵
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判<省略>
第二 請求原因
一、特許庁における手続の経緯
原告は、登録第五九五九五一号商標(昭和三六年三月二九日登録出願、同三七年八月二七日登録、同四七年一二月二〇日存続期間更新登録。)について商標権を有するものであるが、特許庁は、被告が昭和四一年一二月二六日付をもつてなした登録無効の審判請求に基づき、同庁昭和四一年審判第九二五九号事件として審理の結果、昭和五二年二月四日右商標の登録を無効とする旨の審決をし、その審決謄本は同年三月二日原告に送達された。
二、審決理由の要点
登録第五九五九五一号商標(以下「本件商標」という。)は別紙のとおりであり、第二六類、印刷物(文房具類に属するものを除く。)、書画、彫刻、写真これらの附属品を指定商品とするものである。
ところで、請求人(被告)は、本件商標は請求人の名称と同一性を有するのに何ら請求人の許諾を得ていないから無効であると主張し、被請求人(原告)は、本件商標は請求人の略称でこそあれ、名称には当らない。略称であれば商標法第四条第一項第八号の規定に該当するというためには、それが著名でなければならないところ、その要件に欠けており、無効事由はないと主張する。
そこで検討すると、商取引の実際に当つては、取扱いの商品に自己の名称(商号)を付することは普通に行われているところであり、その場合には「株式会社」とか「財団法人」のような法人の種類を表わす文字を省略して表示することも極めて普通に行われている。そして請求人は「財団法人日本美容医学研究会」なる名称によつて昭和二四年五月三一日に法人設立の許可がされ、同年六月一八日に登記されている。したがつて、本件商標をその指定商品について使用されると、これに接する者は前記のような商取引の実情にてらし、一見して特定人の名称として理解されるものとみられる。してみれば、本件商標は社会通念上、請求人の名称を表示したものというほかなく、かつ被請求人は請求人の承諾を得ていないことも明かである。
よつて、本件商標は商標法第四条第一項第八号に違反して登録されたものであつて、無効としなければならない。
三、審決取消事由
審決はつぎのように判断を誤つており、違法であつて取消されねばならない。
(一)、本件商標は被告の名称ではない
被告の名称は「財団法人日本美容医学研究会」であつて「日本美容医学研究会」ではない。したがつて本件商標が被告の名称と同一性を有するとした審決は判断を誤つている。
(二)、被告の名称は著名ではなく不登録事由に当らない。
本件商標がかりに被告の名称を含む商標であつたとしても、本件商標が無効であるというためには、被告の名称が著名なときに限られねばならない。商標法第四条第一項第八号には文言上他人の名称の著名性を要求していないが、商標法全体の法理から検討すれば、名称そのものについても略称と同様に著名であることを要するものと解すべきである。何故ならば本件商標を構成する「日本美容医学研究会」は必ずしも特殊な造語ではなく、他人が容易に採用できる程度の構成からなるので、この程度の名称のあらゆる現存者の承諾を要求するのは実務上不可能だからである。ちなみに、被告以外に任意団体である「日本美容医学研究会」にも存在している。しかも本件商標の審査手続中被告からの登録異議申立もなかつた。したがつて審決が著名性についての判断を加えていないのは誤りである。
第三 被告の答弁
請求原因一、二項の事実は認めるが、三項の取消事由は否認する。審決に判断の誤りはなく、何ら違法のかどはない。
(一) 本件商標は被告の名称である<省略>
(二) 不登録事由に名称の著名性は要しない<省略>
第四 証拠<省略>
理由
一請求原因一、二項の事実は当事者間に争いがない。そこで原告主張の審決取消事由について検討する。
(一) 本件商標の構成が被告の名称ではない旨の主張について
本件商標が別紙のとおりであることは当事者間に争いがない。ところで<証拠>によれば、被告は昭和二四年五月三一日に基礎医学と人体美学に立脚して美容医学を確立するために科学的総合研究を行つて美容と医学の進歩発達を図る目的のもとに設立された財団法人であつて、登記簿上の名称は「財団法人日本美容医学研究会」であることが認められる。そして、<証拠>によれば、前記のような法人の名称のうち、「財団法人」の部分は、「有限会社」「株式会社」などと同様に、一般取引者保護のために法人の種類を示すよう法律上要求されているに過ぎず、その団体もしくは社会的存在としての特定に必要不可欠な要部は、その部分を除いた「日本美容医学研究会」であること、したがつて日常生活において他の団体もしくは社会的存在から区別するために、特定の必要上称呼する場合には、「財団法人」という法人の種類を示す部分を省いて「日本美容医学研究会」と呼ぶ場合が多いこと、そしてまた「日本美容医学研究会」は前記認定のような少なくとも美容医学の研究団体としての被告を指すものと一般の人に理解されていると推認するに難くはない。そうすると、本件商標は商標法第四条第一項第八号にいう他人の名称を含む商標に当るといわなければならぬ。この点に関する原告の主張は採用できない。
(二) 不登録事由に名称の著名性を要する旨の主張について
商標法第四条第一項第八号は、不登録事由として「他人の肖像又は他人の氏名若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」と規定してあり、他人の肖像・氏名・名称と雅号・芸名・筆名・略称とを明確に区別して前者には著名性を要件とせず、後者について著名性を要件として規定していることが明かである。
ところで、原告は名称についても著名性が必要要件である旨主張する。しかしながら、右の規定の趣旨は、肖像・氏名・名称は芸名・筆名・略称と異なり、他人の商品等との生産・頒布・販売などに取引における誤認・混同に起因する不正競争を防止とするというよりも、他人の氏名・名称等に対する人格権等の法益を保護するところにあると解するのが相当であるから、前記認定のように、その名称が社会通念上ある人を指すものとして認識されるものであるならば、それ以上に名称の著名性は必要要件ではないというべきである。したがつてこの点に関する原告の主張も採用するに由ない。
二<省略>
(杉本良吉 舟本信光 石井彦壽)
別紙<省略>